- プロ選手経験がない中で、どうやって名将になったのか学歴が知りたい
- bjリーグ時代の優勝と、Bリーグでの初優勝、それぞれの時期の成績を整理したい
- 大阪や仙台など、沖縄以外での指導歴も含めたキャリア全体を時系列で見たい

桶谷大HCは、プロ選手経験を持たずにアメリカへのコーチング留学を経て指導者になった「叩き上げ」の指揮官です。
この記事では、2026年2月時点の最新情報を踏まえ、彼のキャリア、優勝実績、そして日本バスケ界に与えた影響を年表形式で分かりやすく解説します。
桶谷大の基本プロフィールと学歴
まずは基本情報から整理します。特筆すべきは、選手としての実績ではなく「指導者になるために海を渡った」という経歴です。
| 名前 | 桶谷 大(おけたに だい) |
| 生年月日 | 1977年12月23日(48歳)※2026年2月時点 |
| 出身地 | 京都府 |
| 出身高校 | 京都府立朱雀高等学校 |
| 出身大学 | アリゾナ州立大学(コーチング留学) |
| 現在の所属 | 琉球ゴールデンキングス ヘッドコーチ |
| 主なタイトル | bjリーグ優勝(2回) B.LEAGUE優勝(1回) |
高校卒業後、バスケットボールの指導者を目指して単身渡米。アリゾナ州立大学などでコーチングを学び、帰国後は通訳などを経て現場の指揮官へと登り詰めました。
指導歴と戦績まとめ|大分での最年少デビューから琉球黄金期へ
桶谷HCのキャリアは、常に「チームの再建」や「優勝への挑戦」と共にありました。時系列で振り返ります。
2005年〜2008年:大分ヒートデビルズ(最年少HC)
2005年、bjリーグ(当時)の大分ヒートデビルズでアシスタントコーチに就任。翌2006年には当時リーグ最年少となる28歳でヘッドコーチに昇格しました。
資金力や戦力が潤沢とは言えないチーム事情の中で手腕を磨き、そのポテンシャルを高く評価されました。
2008年〜2012年:琉球ゴールデンキングス(第1次政権)
沖縄での伝説はここから始まりました。就任1年目の2008-09シーズン、前年最下位だったチームを一気に立て直し、bjリーグ初優勝を達成。「キングス」というブランドを確立させました。
さらに2011-12シーズンにも自身2度目のリーグ制覇を成し遂げ、名将としての地位を不動のものにしました。
2012年〜2020年:岩手・大阪・仙台での挑戦
沖縄を離れた後は、複数のクラブで指揮を執りました。
- 岩手ビッグブルズ (2012-2015):チームを有明(ファイナルズ)へ導くなど躍進させる。
- 大阪エヴェッサ (2015-2018):Bリーグ初年度の指揮を執る。
- 仙台89ERS (2018-2020):B2降格後のチーム再建を託され、B1昇格を目指し戦った。
2021年〜現在:琉球ゴールデンキングス(第2次政権)
2021-22シーズン、約10年ぶりに沖縄へ帰還。復帰初年度からB1リーグ記録となる20連勝を達成し、当時の最高勝率(.873)を記録して西地区優勝を果たしました。
そして迎えた2022-23シーズン、悲願のBリーグ初優勝(日本一)を達成。
bjリーグ時代とBリーグ時代の両方で琉球を頂点に導いたことで、クラブ史における最大の功労者の一人となりました。
指導スタイルと哲学|「日本バスケを良くしたい」
桶谷HCのチーム作りには明確な特徴があります。
- 激しいディフェンス:ボールマンへのプレッシャーと連動性を重視し、守備からリズムを作るスタイル。
- 対話重視のマネジメント:「選手に考えさせる」指導法で、主力を納得させつつ若手を伸ばす手腕に定評があります。
- 沖縄への愛着:「沖縄のために」という言葉を度々口にし、熱狂的なブースターとの一体感を大切にしています。
過去のインタビューでは「自分の役割は日本バスケットボール界を良くすること」とも語っており、クラブの勝敗だけでなく、リーグ全体の発展を見据えた視座の高さも魅力です。
まとめ|桶谷大は琉球を「常勝軍団」にした立役者
桶谷大HCの経歴を振り返ると、常に「挑戦」と「結果」がセットになっていることが分かります。
- 京都の高校から単身渡米し指導者へ
- 20代でbjリーグ最年少優勝コーチに
- 10年越しの沖縄復帰でBリーグ制覇を達成
2026年現在も、琉球ゴールデンキングスの指揮官として、そして日本バスケ界を代表するコーチの一人として、その手腕に注目が集まり続けています。



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