スーパークリークの戦績と逸話|武豊初G1の菊花賞と平成三強の伝説

・スーパークリークがどんな戦績の名馬なのか、主要な勝ち鞍を一気に知りたい
・菊花賞の圧勝や天皇賞制覇までの流れを、時系列で整理したい
・武豊初G1やオグリキャップとの対決など、有名なエピソードを押さえておきたい

スポーツオヤジ
スポーツオヤジ

この記事を読むと、スーパークリークのキャリア全体像と、語り継がれる名場面が短時間でつかめます。

スーパークリークの基本情報と「平成三強」

  • 生年月日:1985年5月27日
  • 主な活躍時期:1988年から1990年
  • 主なG1勝利:1988年菊花賞、1989年天皇賞(秋)、1990年天皇賞(春)
  • 通算成績:16戦8勝

同時代のオグリキャップ、イナリワンと並び、「平成三強」として当時の第2次競馬ブームを牽引した象徴的な一頭です。
天才・武豊騎手を背に、長距離レースや中距離の天皇賞で見せた「ステイヤーとしての強さ」と「完璧な立ち回り」は、今なお語り草となっています。

戦績まとめ いちばん押さえるべき勝ち鞍

スーパークリークはクラシック最終戦の菊花賞を頂点に、古馬になってからも天皇賞を勝ち切ったのが強みです。

1988年菊花賞優勝(武豊 初G1)
1989年天皇賞(秋)優勝
1989年京都大賞典優勝
1990年産経大阪杯優勝
1990年天皇賞(春)優勝
1990年京都大賞典優勝

3000m超の菊花賞・天皇賞春だけでなく、2000mの天皇賞秋も勝っている点が、スーパークリークの底知れぬ能力を示しています。

菊花賞1988 奇跡の出走と武豊初G1

1988年の菊花賞は、スーパークリークを語る上で外せないレースです。
当時デビュー2年目の武豊騎手に、記念すべき初めてのG1勝利をもたらしました。

実はこのレース、当初スーパークリークは賞金不足で「除外対象」でした。しかし、回避馬が出たことで滑り込みでの出走が決定。枠順も抽選に近い形でしたが、結果は5馬身差の圧勝。
「運も実力のうち」と言いますが、この幸運な巡り合わせが、その後の天才騎手との名コンビを生み出しました。

👇 伝説の菊花賞を映像で見るなら
若き日の武豊騎手のガッツポーズや、オグリキャップとの激闘は、映像で見ると興奮が違います。
過去の名レースを見るなら、31日間無料U-NEXT(SPOTV NOWパック)などが便利です。
※本ページの情報は2026年2月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイト内にてご確認ください。

天皇賞秋1989と天皇賞春1990 古馬でも頂点へ

クラシックだけの一発屋ではなく、古馬の大舞台で結果を残し続けたのがスーパークリークの凄味です。

  • 1989年 天皇賞(秋):オグリキャップの猛追を封じ込めて優勝。2000mでもスピード負けしないこと証明。
  • 1990年 天皇賞(春):3200mの長丁場で横綱相撲を見せ優勝。天皇賞春秋制覇を達成。

ライバル・オグリキャップとの関係

スーパークリークの時代はスター馬の宝庫でした。特にオグリキャップとは何度も名勝負を繰り広げました。
有馬記念など大レースでぶつかり合い、ある時はオグリを封じ込め、ある時は敗れる。
「アイドルホースのオグリ」に対し、「天才が乗る実力派のクリーク」という構図が、当時の競馬ブームを熱くさせました。

種牡馬としての顔と産駒

引退後は種牡馬としても供用されました。サンデーサイレンス系全盛期と重なったこともあり、父として大記録を作ることはできませんでしたが、地方重賞を勝つ産駒などを輩出しました。
しかし、母の父(ブルードメアサイアー)としてはニシノナースコール(秋華賞3着)などを出し、その血を後世に伝えています。

まとめ スーパークリークは何がすごかったのか

  • 賞金不足での除外危機を乗り越え、菊花賞を圧勝して武豊騎手に初G1を贈った
  • 「平成三強」としてオグリキャップらと激闘を繰り広げた
  • 天皇賞秋(2000m)と春(3200m)を制し、距離不問の強さを証明した

単なる強い馬ではなく、「武豊のパートナー」として、そして「オグリキャップのライバル」として、物語性に満ちた名ステイヤーでした。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました