20世紀の終わりに現れた、無敵の王。テイエムオペラオー。
その強さは「強すぎて退屈」と言われるほど圧倒的でした。
・2000年の「年間8戦8勝」という異常な記録の内訳
・最大のライバル・メイショウドトウとの関係
・伝説のレース「2000年有馬記念」の包囲網突破とは?

「世紀末覇王」の二つ名は伊達じゃないぞ。
特に2000年のグランドスラムは、今後誰も達成できないかもしれない大記録だ。和田竜二騎手との絆も含めて解説するぞ!
テイエムオペラオーの基本プロフィール
- 生年月日:1996年3月13日
- 通算成績:26戦14勝(G1・7勝)
- 主な表彰:2000年JRA賞年度代表馬、顕彰馬
- 主戦騎手:和田竜二
この馬の本質は「どんな状況でも勝ち切る」精神力にありました。
スローペースでもハイペースでも、前が壁になっても、最後に必ずハナ差だけ出る。その勝負強さが伝説となっています。
伝説の2000年「年間8戦8勝」グランドスラム
テイエムオペラオー最大の見せ場は、古馬王道G1を総なめにした2000年シーズンです。
「G1・5勝を含む重賞8連勝」。休みなく走り続け、一度も負けなかったこの記録は、現代競馬のローテーションでは考えられない偉業です。
| 月 | レース名 | 着順 | 2着馬 |
|---|---|---|---|
| 2月 | 京都記念(G2) | 1着 | ナリタトップロード |
| 3月 | 阪神大賞典(G2) | 1着 | ラスカルスズカ |
| 4月 | 天皇賞・春(G1) | 1着 | ラスカルスズカ |
| 6月 | 宝塚記念(G1) | 1着 | メイショウドトウ |
| 10月 | 京都大賞典(G2) | 1着 | ナリタトップロード |
| 10月 | 天皇賞・秋(G1) | 1着 | メイショウドトウ |
| 11月 | ジャパンC(G1) | 1着 | メイショウドトウ |
| 12月 | 有馬記念(G1) | 1着 | メイショウドトウ |
ご覧の通り、春から冬までずっと勝ち続けました。
特に後半は、ライバルであるメイショウドトウが常に2着に食らいつきましたが、オペラオーの壁は厚く、一度も先頭を譲りませんでした。
最大のエピソード:2000年有馬記念「包囲網」突破
テイエムオペラオーを語る上で欠かせないのが、2000年の有馬記念です。
単勝1.7倍の断然人気。他陣営は「まともに走らせては勝てない」と考え、徹底的な「オペラオー包囲網」を敷きました。
- 道中は周りを完全に囲まれ、動けない状態に。
- 直線を向いても前は壁。絶体絶命のピンチ。
- しかし、残り100mでわずかな隙間をこじ開け、末脚一閃。
ゴール直前でライバルのメイショウドトウをハナ差捉えたシーンは、「道が開いた」のではなく「王者が道をこじ開けた」瞬間として語り継がれています。
和田竜二騎手との絆
主戦の和田竜二騎手は、当時まだ若手でした。
偉大すぎる馬の背中でプレッシャーと戦い続け、オペラオー引退後、彼は「オペラオーに認められる騎手になるまで、G1は勝たない」と心に誓ったと言われています。
実際、和田騎手が次にG1(宝塚記念:ミッキーロケット)を勝ったのは、オペラオー引退から17年後、そしてオペラオーが亡くなった直後(2018年)のことでした。
このドラマも含めて、テイエムオペラオーの物語はファンの胸を打ち続けています。
まとめ:記録にも記憶にも残る絶対王者
- 年間無敗のグランドスラム:2000年にG1・5勝を含む8戦全勝を達成。
- 名勝負:常に2着だったメイショウドトウとのライバル関係。
- ドラマ:徹底マークを跳ね返した有馬記念と、和田騎手との絆。
その強さゆえに、現役時代は「強すぎて憎らしい」とヒール役になることもありましたが、引退後にその異常な精神力と実績が再評価され、今では誰もが認める「最強馬」の一頭です。
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