【カネヒキリ】戦績と復活の奇跡|なぜ「砂のディープ」?屈腱炎を越えた伝説

  • カネヒキリの通算戦績と獲得賞金をサクッと把握したい
  • どのG1を勝った馬なのか、年表で一覧にして見たい
  • 屈腱炎からの奇跡的な復活劇、その詳細を知りたい
スポーツオヤジ
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ショート動画でカネヒキリを知ったあなたへ。
あの「奇跡の復活」は、単なる勝利以上のドラマでした。なぜ彼が「砂のディープ」と呼ばれ、伝説になったのか。その全貌をデータとエピソードで深掘りします。

カネヒキリはどんな馬か まず結論

カネヒキリは、日本のダート路線を代表する絶対王者です。
G1/Jpn1を計7勝もしながら、屈腱炎による長期休養を2度も経験。引退の危機を乗り越え、不死鳥のように蘇ってG1を勝ち取った「不屈の復活王」として、今もファンの記憶に深く刻まれています。

カネヒキリ 基本プロフィール

馬名カネヒキリ
生年月日2002年2月26日
性別 毛色牡 栗毛
フジキセキ
ライフアウトゼア(母父 Deputy Minister)
調教師角居勝彦(栗東)
馬主金子真人ホールディングス
生産牧場ノーザンファーム
通算成績23戦12勝(うちG1/Jpn1 7勝)
獲得賞金約8億5000万円

主な勝ち鞍 年表で一覧

カネヒキリの競走生活は、怪我との戦いでもありました。全盛期と復活期の2つの山場があります。

年齢主な勝ち鞍・出来事
2005年3歳ジャパンDダービー(G1)
ダービーグランプリ(G1)
ジャパンカップダート(G1)
※3歳にしてダート王者に君臨
2006年4歳フェブラリーS(G1)
※ドバイ遠征後、屈腱炎を発症
2007年5歳(全休)復帰を目指すも屈腱炎再発
2008年6歳ジャパンカップダート(G1)
東京大賞典(Jpn1)
※2年4ヶ月ぶりのG1制覇(奇跡の復活)
2009年7歳川崎記念(Jpn1)
※フェブラリーS 3着
2010年8歳マーキュリーC(Jpn3)
※ブリーダーズGC 2着後に引退

名シーン3選 ここが伝説になった

1. 2005年 ジャパンカップダート(3歳で頂点へ)

3歳馬ながら古馬の強豪を一蹴。当時のダート界にはシーキングザダイヤなどの実力馬がいましたが、上がり3ハロン最速の末脚で差し切り勝ち。
同じ年に芝で無敗の三冠馬となったディープインパクトと共に、「芝もダートも3歳が強い」と印象づけました。

2. 2006年 フェブラリーステークス(砂の王者証明)

単勝1.3倍の圧倒的人気に応え、東京ダート1600mを完勝。
先行して早めに抜け出し、後続を寄せ付けない横綱相撲でした。この勝利で国内ダートG1・3連勝となり、「カネヒキリ時代」を決定づけました。

3. 2008年 ジャパンカップダート(奇跡の復活V)

これがカネヒキリ最大のハイライトです。
屈腱炎による約1年の休養、さらに再発による1年4ヶ月の休養。計2年以上のブランクを経て、終わったと思われていた元王者が帰ってきました。

4番人気と評価を落とす中、直線で内から鋭く伸び、当時の王者ヴァーミリアンを競り落として勝利。
「こんな復活劇があるのか」と、競馬ファンが震えた瞬間でした。

エピソード集 砂のディープと呼ばれた理由

なぜ「砂のディープインパクト」なのか?

理由は大きく3つあります。

  • 同じ馬主(金子真人氏)で勝負服が同じ
  • 同じ世代(2005年クラシック世代)
  • 圧倒的な強さ(芝のディープ、砂のカネヒキリ)

NHKマイルカップに出走した際、実況アナウンサーが「もう一頭のディープインパクト」と表現したことも有名です。

ライバル「ヴァーミリアン」との激闘

カネヒキリが休養している間、ダート界を支配していたのが同世代のヴァーミリアンでした。
復活したカネヒキリがジャパンカップダートでヴァーミリアンを破ったシーンは、「空白の2年間」を取り戻した瞬間でもありました。

幹細胞移植手術という賭け

2度目の屈腱炎発症時、通常なら引退です。しかし陣営は諦めず、当時まだ珍しかった「幹細胞移植手術」を決断しました。
この執念と最新医療、そしてカネヒキリ自身の生命力が、奇跡の復活を生んだのです。

スポーツオヤジ
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2度の屈腱炎からG1を勝つなんて、今の競馬常識でもありえないレベル。カネヒキリの精神力は本当にすごかったんだな。

まとめ

カネヒキリは、単に強いだけでなく、怪我に打ち勝つ強さを教えてくれた名馬です。
2008年のジャパンカップダートの映像は、今見ても鳥肌モノです。ぜひ動画でもその走りをチェックしてみてください。

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