最終更新日:2026年2月18日
「小林陵侑だけじゃない。」
日本スキージャンプ界に、新たなエースが誕生しました。
ワールドカップ初優勝の勢いそのままに、ミラノ・コルティナ五輪でメダル3つ(銀1・銅2)を獲得した二階堂蓮(にかいどう れん)選手です。
・二階堂蓮のWiki風プロフィールと経歴をまとめて知りたい
・父・二階堂学さんとの親子ストーリーは本当?
・W杯初優勝から五輪メダルまで、何が強さの決め手なのか知りたい
この記事では、二階堂蓮選手のプロフィールと経歴を整理しつつ、W杯初優勝の衝撃、ミラノ五輪でのメダルラッシュまでを、ポイントを絞って分かりやすく解説します。

W杯初優勝だけでも事件なのに、五輪でメダル3つはえぐい!
しかも武器が「安定感」。派手さより実力で勝つ職人タイプやな。
二階堂蓮 Wiki風プロフィール
| 名前 | 二階堂 蓮(にかいどう れん) |
|---|---|
| 生年月日 | 2001年5月24日 |
| 年齢 | 24歳(2026年2月時点) |
| 出身地 | 北海道 江別市 |
| 身長 | 166cm |
| 出身校 | 下川商業高校 → 東海大学 |
| 所属 | 日本ビール |
| 父 | 二階堂 学(元スキージャンプ選手・指導者) |
| 主な実績 | 2026年1月 ジャンプ週間 インスブルック大会 W杯初優勝 ミラノ五輪 男子ノーマルヒル 銅メダル ミラノ五輪 混合団体 銅メダル ミラノ五輪 男子ラージヒル 銀メダル ミラノ五輪 男子スーパー団体 6位 |
派手なパフォーマンスというより、飛型の美しさと2本そろえる安定感で勝ち切る職人型のジャンパーです。
大舞台ほど「いつも通り」を出せるメンタルの強さが、いまの結果につながっています。
父・二階堂学との親子鷹ストーリー
二階堂蓮選手を語る上で欠かせないのが、父・二階堂学(まなぶ)さんの存在です。
学さんは元ジャンプ選手で、国内トップクラスの実力を持ち、長野五輪テスト大会などで活躍した実績があります。
蓮選手は小学2年の頃から父の影響でジャンプを始め、長年にわたって技術面も精神面も支えられてきました。
父が果たせなかった「五輪でのメダル」を息子が掴み取った瞬間は、まさに親子二代の夢が結実したドラマと言えるでしょう。
経歴まとめ W杯初優勝から五輪メダル3つまで
2026年1月 ジャンプ週間インスブルックでW杯初優勝
世界に名を知らしめたのは、年末年始の伝統シリーズ「ジャンプ週間」第3戦。
2026年1月のインスブルック大会で、二階堂選手は強豪を抑えてW杯初優勝を飾りました。
ジャンプ週間での優勝は「まぐれ」では不可能です。
風、助走、踏み切り、飛型、着地。すべてが高いレベルで揃ったこの勝利が、「本物」の証明になりました。
2026年2月 五輪ノーマルヒル&混合団体で銅メダル
迎えたミラノ・コルティナ五輪。
男子個人ノーマルヒルでは、安定したジャンプを2本揃えて銅メダルを獲得。
続く混合団体でもチームの柱として貢献し、2つ目の銅メダルを手にしました。
男子ラージヒルで銀メダル 3つ目の快挙
圧巻だったのは男子ラージヒル。
1本目でトップに立つビッグジャンプを見せ、金メダルこそ逃したものの堂々の銀メダルを獲得。
これで今大会のメダルは銀1・銅2となり、日本ジャンプ陣の救世主となりました。
男子スーパー団体は「幻の大ジャンプ」で6位
新種目の男子スーパー団体では、小林陵侑選手とタッグを組み出場。
最終ラウンドで二階堂選手が138.5mの大ジャンプを見せるも、直後に降雪で競技が打ち切りに。
「幻のジャンプ」となり6位に終わりましたが、最後まで世界トップレベルの力を示しました。
強さの秘密は安定感と飛型点
二階堂選手の最大の武器は、「崩れない」ことです。
ジャンプはたった1回のミスで順位が落ちる競技ですが、彼はどんな条件でも大崩れしません。
- 高い飛型点: 空中姿勢が美しく、テレマーク(着地)も決まるため、飛距離以上に点数が伸びます。
- 修正能力: 風や助走スピードの変化に即座に対応し、常に合格点のジャンプを揃えます。
- 強心臓: 五輪の大舞台でも「いつも通り」を遂行できるメンタルの強さが光ります。
まとめ 二階堂蓮は日本スキージャンプの新エース
- 2026年1月 ジャンプ週間インスブルックでW杯初優勝
- ミラノ五輪で銀1・銅2の計3メダルを獲得
- 父・学さんとの二人三脚で掴んだ栄光
- 安定感と美しさを武器に、次は「金メダル」へ
24歳で一気に世界の中心へ駆け上がった二階堂蓮選手。
小林陵侑選手と共に、日本ジャンプ界を牽引するダブルエースとして、今後の活躍からも目が離せません。



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