「オルフェーヴルの凱旋門賞、なんで池添さんじゃなかったん?」
競馬ファンなら一度は引っかかるテーマです。ネット上では様々な説が飛び交いますが、ここで改めて事実と推測を明確に分けて整理してみましょう。

この記事では、乗り替わりが起きた年と具体的な結果、当事者発言として言える範囲、そしてよくある誤解を整理して、あの時の「真実」に迫ります。
▼1分で泣ける!オルフェーヴルの物語(動画版)
結論 乗り替わりは事実 理由は「勝ちに行く判断」と見るのが自然
まず結論です。
2012年の凱旋門賞は池添謙一騎手からクリストフ・スミヨン騎手への乗り替わりが実際にありました。そして2013年もスミヨン騎手が続けて騎乗しています。
「なぜ替えたのか」については、陰謀や確定的な裏話を断言できる材料は少なく、陣営が海外の大舞台を勝ちに行く上で、現地のトップ騎手を選んだという戦略的な判断だったと見るのが最も自然的です。
いつ誰に替わったのか まずは時系列で整理
2011年は池添謙一騎手で三冠と有馬記念
オルフェーヴルは2011年にクラシック三冠を達成し、年末の有馬記念も制覇しました。ここまでの大きな勲章は池添騎手とのコンビで積み上げています。
2012年の凱旋門賞はスミヨン騎手で2着
2012年、フランス遠征の凱旋門賞で鞍上はスミヨン騎手に替わります。結果は、直線で一度先頭に立つもゴール寸前でソレミアに差され、クビ差の2着でした。ここが「乗り替わり議論」の起点です。
2013年の凱旋門賞もスミヨン騎手で2着
翌2013年も凱旋門賞はスミヨン騎手での騎乗となりました。結果は優勝馬トレヴに5馬身離された2着。前年の惜敗を踏まえた「継続騎乗」という形でした。
ラストランの有馬記念は池添騎手に戻る
そして最後の有馬記念は池添騎手に戻って8馬身差の圧勝。ここがまたファンの感情を揺らし、「なんで海外だけ違うんや」という議論が再燃しやすいポイントとなっています。
乗り替わりの理由 事実として言えることと言えないこと
事実として言えること 乗り替わりは陣営の判断で決まった
乗り替わりは「当日の気分で急に」ではなく、遠征計画と一緒に陣営の意思決定として行われています。池添騎手側も後に「凱旋門賞へ行けると思っていたがそうならなかった」という趣旨の心情を語っており、少なくとも本人にとっては大きな出来事だったことが分かります。
事実として言い切れないこと 「池添なら勝てた」は証明できない
ファン心理としては「池添さんなら…」と思うのは当然です。オルフェーヴルの気性や癖を一番知っていたのは池添騎手ですし、コンビで三冠も獲っています。
ただし「池添なら勝てた」は、証拠で確定できる話ではありません。凱旋門賞は馬場、展開、位置取り、仕掛け、精神面が複雑に絡みます。騎手の差がゼロとは言いませんが、「絶対に勝てた」と断定することは誰にもできません。
可能性としては高い話 「現地のNo.1」で勝ちに行く狙い
では「理由」は何なのか。推測される中で最も納得感が高いのは、欧州の頂点レースを勝ち切るために、現地で最も実績のあるカードを切ったという考え方です。
当時、スミヨン騎手はフランスのリーディング(最多勝)を争うトップオブトップの存在でした。現地のペース配分、ロンシャン競馬場の特殊なコース形態、馬場の読み。これらを知り尽くしたスペシャリストを確保したことは、陣営の「本気で勝ちたい」という意思の表れとも取れます。
よくある誤解を整理
誤解1 池添が下手だったから降ろされた
これは極端な解釈です。池添騎手は三冠と有馬記念を勝っているパートナーです。「能力不足で降ろされた」と決めつけるより、海外という特殊な環境に合わせて最適解を取りに行った結果と見る方が自然でしょう。
誤解2 欧州が日本馬を勝たせない陰謀があった
陰謀説は話題になりやすいですが、根拠のない噂に過ぎません。
少なくとも「最初から勝たせない」という前提で全てを説明するのは無理があります。勝負の世界はシンプルに、勝てる時に勝ち切れないことがある。凱旋門賞は特にそれが起きやすい過酷な舞台です。
誤解3 騎手だけで勝敗が決まった
騎手の影響は大きいです。でもそれだけではありません。馬場が重い、ペースが読めない、直線が長い、他馬の進路取りが厳しい。要素が重なって「たった一瞬」で結果が動きます。
だからこそ、乗り替わりを語る時は騎手一人に全ての結果を押し付けない視点を持つことが大切です。
オルフェーヴルの気性と凱旋門賞 乗り替わり議論が消えない理由
気性の難しさがドラマを生む
オルフェーヴルは規格外に強い一方で、気性の難しさも語られてきました。阪神大賞典の逸走がその象徴です。
この「扱いが難しい怪物」というキャラがあるからこそ、凱旋門賞での僅差負けは「乗っていたのが誰なら制御できたのか」という議論を呼び続けています。
最後に池添で有馬記念を圧勝したからこそ燃える
ラストランの有馬記念は池添騎手で大圧勝。終わり方が完璧すぎました。
この一撃が「やっぱり池添騎手だったんじゃないか」というファンの感情を強くします。その気持ちは痛いほど分かります。だからこそ、私たちは感情と事実を冷静に切り分けて、この歴史的瞬間を振り返る必要があります。
まとめ 事実と推測を分ければオルフェの乗り替わりはスッと理解できる
最後に要点をまとめます。
- 2012年の凱旋門賞は池添謙一騎手からスミヨン騎手へ乗り替わり、2着(クビ差)だった
- 2013年もスミヨン騎手で継続したが、再び2着(5馬身差)となった
- 理由は確定的な裏話があるわけではなく、現地のトップ騎手で勝ちに行くための陣営判断だった
- 「池添なら勝てた」や陰謀説は証明が難しく、事実とは切り離して考えるべき
- 気性の難しさとラストラン有馬記念の圧勝劇が、この議論を永遠のものにしている



コメント