「絶対的な強さと、信じられない悲劇。」
メジロマックイーンの生涯は、まさに事実は小説よりも奇なりを地で行く物語です。
・通算21戦12勝。獲得賞金10億円超えの「絶対王者」
・なぜ彼は1位入線したのに最下位になったのか?
・同門ライアン、天敵ライスシャワーとの激闘譜

この記事では、メジロマックイーンの輝かしい戦績と、今も語り継がれる「1991年天皇賞秋・降着事件」の真相を解説します。
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メジロマックイーン 基本情報
| 馬名 | メジロマックイーン |
|---|---|
| 生年月日 | 1987年4月3日 |
| 通算成績 | 21戦12勝(G1 4勝) |
| 主な勝ち鞍 | 菊花賞(1990) 天皇賞春(1991, 1992連覇) 宝塚記念(1993) |
| 主戦騎手 | 武豊 |
| 特徴 | 芦毛の馬体、無尽蔵のスタミナ |
メジロマックイーンの戦績:長距離界の絶対支配者
彼の強さは「安定感」と「スタミナ」にありました。
3000mを超える長距離レースで、他馬を寄せ付けない横綱相撲を見せつけるのが彼のスタイルでした。
主な重賞勝ち一覧
| 年 | レース | 着順 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1990 | 菊花賞 (G1) | 1着 | 長距離王者の誕生 |
| 1991 | 阪神大賞典 (G2) | 1着 | 横綱相撲 |
| 1991 | 天皇賞春 (G1) | 1着 | 祖父・父・子の3代制覇 |
| 1992 | 天皇賞春 (G1) | 1着 | トウカイテイオーとの世紀の対決 |
| 1993 | 宝塚記念 (G1) | 1着 | オサムからユタカへ、悲願のGP制覇 |
特に1992年の天皇賞春は、無敗の二冠馬トウカイテイオーとの「世紀の対決」として注目されましたが、結果はマックイーンの圧勝。長距離での絶対的な強さを証明しました。
1991年天皇賞秋:悪夢の「1位入線、降着」
マックイーンを語る上で避けて通れないのが、1991年10月27日の天皇賞(秋)です。
何が起きたのか?
この日、マックイーンは圧倒的な強さで1位入線しました。
しかし、スタート直後の第2コーナーで、内側に斜行し他馬の進路を妨害したとして審議に。
長い審議の結果、下された判定は「18着への降着(最下位)」。
G1レースで1位入線馬が降着となるのは史上初の出来事でした。天国から地獄へ突き落とされた瞬間として、競馬史に深く刻まれています。
復活のドラマ:それでも王者は走る
降着という屈辱、さらに年末の有馬記念では伏兵ダイユウサクに敗れる波乱。
それでもマックイーンは折れませんでした。
翌1992年の天皇賞春で見せた連覇、そして1993年の宝塚記念制覇。
どんな逆境も跳ね返し、気高く走り続けるその姿に、多くのファンが心を打たれました。
「強い馬が強い勝ち方をする」
当たり前のようで一番難しいことをやり続けたのが、メジロマックイーンという名馬でした。
ライバルたちが紡いだ物語
- メジロライアン:同門のライバル。宝塚記念でマックイーンを破った一戦は名勝負。
- ライスシャワー:天皇賞春3連覇を阻んだ「黒い刺客」。ヒール役を背負った彼の走りもまた伝説。
- イクイノックス:現代最強馬の一頭。マックイーンの血を引く(母父父がマックイーン)ことで、その血統の偉大さが再評価されています。
まとめ:記録にも記憶にも残る「名優」
- 菊花賞、天皇賞春連覇などG1・4勝の圧倒的戦績
- 天皇賞秋の降着事件という悲劇すら伝説の一部に
- その血は現在の最強馬たちにも受け継がれている
📺 マックイーンの名勝負をアニメで見る
メジロマックイーンの史実をベースにした物語は、アニメ『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』でドラマチックに描かれています。
トウカイテイオーとの絆、ライスシャワーとの激闘は必見です。
※本ページの情報は2026年1月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。



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