「まさか、パーマーが残るとは。」
1992年の競馬界は、この「意外性の塊」に振り回され、そして熱狂しました。
・宝塚記念(9番人気)と有馬記念(15番人気)を制した「奇跡の逃げ馬」
・エリート街道のマックイーンとは真逆の「障害帰り」という経歴
・盟友・ダイタクヘリオスとの「爆逃げ」エピソード

この記事では、メジロパーマーの戦績を振り返りながら、なぜ彼が「記録」よりも「記憶」に残るグランプリホースとなったのか、その真実を解説します。
🐎 メジロ家の物語をコンプリートしよう
メジロパーマー Wiki風プロフィール
| 生年月日 | 1987年3月21日 |
|---|---|
| 父 / 母 | メジロイーグル / メジロファンタジー |
| 通算成績 | 38戦9勝(うち障害2戦1勝) |
| 主な勝鞍 | 宝塚記念(1992)、有馬記念(1992) |
| 主戦騎手 | 山田泰誠 他 |
| 脚質 | 逃げ(大逃げ) |
メジロパーマーの戦績:障害を超えて掴んだ栄光
パーマーのキャリアは異色です。3歳時はクラシック路線に乗れず、古馬になってからは成績不振で「障害競走」へ転向しています。
しかし、障害を2戦走った後に平地へ復帰。そこから才能が開花しました。
主な獲得タイトルと賞金
- 生涯獲得賞金:約5億3674万円
- 1992年 JRA賞最優秀5歳以上牡馬
- 1992年 JRA賞最優秀父内国産馬
障害レースを経験したG1馬は極めて稀です。この「泥臭いキャリア」が、ファンの判官贔屓(はんがんびいき)を呼びました。
伝説の1992年:人気薄の「春秋グランプリ制覇」
メジロパーマーを語る上で欠かせないのが、1992年の奇跡的な快進撃です。
宝塚記念:9番人気の逃走劇
天皇賞馬メジロマックイーンが骨折で不在の中、主役不在と言われたレース。
パーマーは果敢にハナを奪うと、そのまま一度も先頭を譲らずゴール。単勝23.0倍、9番人気でのG1初制覇でした。「フロック(まぐれ)だろう」という声も多くありましたが、彼はここで終わりません。
有馬記念:15番人気、ダイタクヘリオスとの共演
そして年末の有馬記念。トウカイテイオーやライスシャワーなど豪華メンバーが揃う中、パーマーはブービー人気の15番人気。
しかしレースは、同じく逃げ馬のダイタクヘリオスとの競り合い(バカ逃げとも称されたハイペース)となり、後続の有力馬たちが牽制し合って脚をなくす展開に。
結果、ハナ差で逃げ切ったのはパーマーでした。
「春秋グランプリ制覇」。
史上6頭目の快挙は、誰も予想しなかった「大逃げ」によって成し遂げられました。
語り継がれる強さと魅力
盟友・ダイタクヘリオスとの関係
パーマーを語る時、ダイタクヘリオスの存在は無視できません。
お互いに譲らない逃げスタイルで競り合い、時には共倒れし、時には有馬記念のように世界を置き去りにする。
この2頭の「計算できない逃走劇」は、今のウマ娘などのコンテンツでも名コンビとして描かれています。
まとめ:記録より記憶に残る「愛すべき逃げ馬」
- 障害転向を経てG1を2勝した不屈の魂
- 宝塚&有馬を人気薄で制した「グランプリ男」
- ダイタクヘリオスとのコンビは永遠の語り草
📺 パーマーとヘリオスの「爆逃げ」を見る
アニメ『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』では、メジロパーマーとダイタクヘリオスの愉快で熱い関係性がたっぷり描かれています。
あの有馬記念の感動を、もう一度アニメで味わいませんか?
※本ページの情報は2026年1月時点のものです。
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